Ricardo Fasanello

Ricardo Fasanello

リカルド・ファザネロ

1930 - 1993

リカルド・ファザネロ(1930-1993)は、独学でデザインを学び、自ら製作も行うブラジルのアーティスト兼職人でした。幼少期から創造的な才能を発揮し、14歳で帆船を設計するなど、ものづくりへの情熱を持ち続けました。裕福な不動産業の家系に生まれ、サンパウロの社交界でも知られた存在でしたが、車への情熱は格別で、11歳で運転することに関心を持ち、レーシングカーの設計に没頭しました。しかし、20代前半にポルシェを運転中に事故を起こし、1年間の入院を余儀なくされます。それでもスピードへの愛は失われることはなく、スポーツカーデザインに挑戦し続けましたが、成功には至りませんでした。

その後、1960年代にリオデジャネイロへ移住し、アーティストが集うサンタテレーザ地区で家具デザインの道を歩み始めます。結婚し、家庭を持ったことを機に独学で家具作りを学び、自宅をスタジオとして活用。そこは1993年に亡くなるまで彼の制作の拠点となり、現在も工房として稼働しています。

彼のデザインの特徴は、グラスファイバーやポリエステル樹脂といった、それまでブラジルの家具にはほとんど使われていなかった素材を積極的に取り入れた点にあります。ボートやストリートレーシングカー「バラチーニャ」の設計経験から、空気力学への深い理解を持ち、それを家具デザインにも応用しました。グラスファイバーとレザー、スチールといった異素材を組み合わせ、張力や重量、圧力に対する素材の反応を研究。理想のレザーが見つからないと、自宅の庭にドラム缶を設置し、自らなめし加工を行うほどのこだわりを持っていました。また、仕上げには自動車のシート縫製技術を取り入れるなど、細部に至るまで工夫を凝らしました。

1968年には、3つの革張りのフォームをストラップで固定した寝袋のようなデザインの「ファルドスチェア」や、大型のグラスファイバー製の半球に包まれた宇宙船のバケットシートを思わせる「エスフェラ アームチェア」を発表。彼の作品は、当時のポップアートの影響を受けつつも、同時代のデザイナー、セルジオ・ロドリゲスの持つカジュアルな美学とも共鳴し、工業的な素材とブラジルらしい天然レザーの温もりを融合させたものでした。1970年発表の「アネル アームチェア」は、円形のシートが布張りのリング内に浮かぶように配置され、彼の卓越した技術力を示す代表作となりました。

1970年代初頭には、ヨーロッパの家具見本市に招待され、国際的な評価を得る機会を得ました。その後、サンパウロの新聞社「O Estado」のオフィスに4人掛けの「ファルドス」を設置したほか、リオデジャネイロのシェル石油のオフィスデザインも手がけるなど、企業からの依頼も増えていきました。1980年代から1990年代初頭にかけても制作を続け、晩年には再び自動車デザインへの情熱を燃やし、自宅の庭にコンクリート製の作業台を設置して試作を行いました。

彼の作品は、アートピースのような造形美と優雅さが際立つ一方で、人間工学に基づいた快適性も兼ね備え、視覚的および機能的にバランスの取れたデザインを特徴としています。この都会的で洗練されたデザインは、1960年代当時はもちろん、現代においてもモダニズムデザインとして独自の存在感を放っています。「エスフェラ」は2008年にサンフランシスコ近代美術館(SF MOMA)のコレクションに加えられ、国際的な評価を得ました。

しかし、生前のファサネロは広く知られる存在ではなく、その独創的なデザインが本格的に再評価されるようになったのは近年になってからのことです。現在も彼の工房は稼働し、娘のアンドレア・ファザネロが彼の革新性とモダニズム精神を未来へとつないでいます。

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