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セルジオ・ロドリゲス : Poltrona Mole, 1957

1957年に誕生した「Sofá Mole」は、セルジオ・ロドリゲスが「モーリー=柔らかい」という概念を家具として具現化した最初の作品でした。深く沈み込むようなクッション、レザーベルトによる吊り構造、太く丸みを帯びた無垢材フレームという構成は、当時の家具デザインの常識から大きく逸脱し、ブラジルらしい寛容さと豊かな量感を空間にもたらしました。翌1958年に市場に投入されたシングルシート版「Poltrona Mole」は、この思想をより強く体現したモデルであり、第4回カントゥ国際家具コンペ(イタリア)で最優秀賞を獲得したことでも知られます。この受賞によって、モーリーはロドリゲスの名を世界に広める決定的な契機となりました。
その後、ロドリゲスはモーリーの構造と快適性を再解釈し続け、1961年に「Poltrona Sheriff」を発表します。フレームの力強い造形やレザーベルトのよりダイナミックな張り方など、モーリーの思想を受け継ぎながらも、より彫刻的なデザインへと発展させた作品でした。当時の彼は多くのプロジェクトを同時に抱え、ブラジリア建設期の活気の中で、より新しい表現へ挑戦する姿勢を強めていきます。ロドリゲス自身が語るように、彼にとって「改良し続けること」は自然な姿勢であり、家具とは使い手や環境との関係によって成熟していくものだと考えていました。

そして1970年代半ばには、モーリーの思想をより軽やかに再構築した「Poltrona Moleca」が登場します。モーリーのDNAを受け継ぎつつ、都市生活者や現代のインテリアに寄り添うスケールと表情へと洗練され、さらに組み立て式の構造へと変化したことで、海外市場への流通も容易になりました。ロドリゲスが長年追求してきた造形と快適性の探究が、ひとつの到達点として結実したモデルといえます。

Sofá Mole に始まる一連の系譜は、ロドリゲスが時代の要請や自身の経験を取り込みつつ、常に「改良と再創造」を行うデザイナーであったことを示しています。
左から 「Poltrona Mole, 1957」、「Poltrona Sheriff, 1961」、「Poltrona Moleca, 1963」

「Poltrona Mole」の誕生は1957年、写真家オットー・ストパコフからソファの製作依頼を受けたことに始まります。1977年に雑誌 Casa & Jardim に寄稿した文章の中で、セルジオはその発想がどのように生まれたのかを次のように振り返っています。

「セルジオ。スルタンのようにどっしり寝そべれるソファを、僕のスタジオの隅に置きたいんだと、そう頼まれました。胸で受けたボールをゴールネットへ返そうとしたものの、しばらくは何のアイデアも出ませんでした。時間だけが過ぎ、成果は出ず、捨て案ばかりが積み上がりました。頭の中にはたくさんの案があったのですが、それらを実際に存在する、触れられるものへ落とし込み、なおかつオットーが求めていた休息性と低コストを両立させることは簡単ではありませんでした。」

この椅子の誕生には、セルジオの創作姿勢のコアである、使い手の機能的・美的・心理的な欲求を見極め、それに応える解決策を探究する姿勢が示されています。身体と精神の両方を心地よく支える家具を生み出すという考え方です。

セルジオの強い願いは、「ブラジルという国の文化的アイデンティティを体現する家具」を生み出すことでした。細く優雅な脚が主流だった時代に対し、モーリーはジャカランダ材の厚みと力強さ、量感のあるシルエットを前面に押し出したフォルムを採用。これは大きな転換であり革新的でした。

さらに重要なのは、当時芽生えつつあった新しい「座る習慣」に対するアプローチでした。セルジオは、格式張らず、自由で軽やかな「カリオカらしさ」を家具の造形へ巧みに取り込みました。この姿勢は欧州の専門誌でも高く評価され、クッションを無造作に投げ置いたような構造が、後のシェリフ・チェアにも続く、抜け感の美学として継承されていきます。

モーリーに端を発した「柔らかさ」「寛容さ」「身体性」という思想は、シェリフやモレカに至るまで一貫して息づき、ブラジル・モダニズムを象徴する名作として今日も高く評価され続けています。